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かっこいいにんげんになりたい

かっこいい人間になりたくて社会でもがき苦しんでる人の雑記です

正体不明のトラウマと向き合うことで得る怒りエネルギー

この本を読んだ。

"それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?: あなただけの超簡単な言葉を唱えるだけで“いまここ”で楽になる!"(大嶋 信頼 著) : http://a.co/3gC3WtK

 

 

 

いつも人の目を気にしてしまったり、人の言葉が行動指針になって自分が何をやりたいのか分からなくなる…この状態が、性格からくるものではなく何かしらのトラウマによるものではないかという説が述べられていた。

 

 

トラウマ、と聞いてはっとする。

私には心当たりがあり、小学校の頃に親友にある日突然理なく絶交を告げられた。それまでは人の目を気にせずやりたいことをやりたいだけやり、誰かに嫌われても攻撃されてもその親友がいるから大丈夫!という精神状態だった。

 

当時、周りの人間がどう思っていたかは知らないが、周囲の大人からの評価は良かった。親友といつも二人きりだったのでグループには属さなかったものの、友達も多かった。

なにより私自身、毎日楽しかった記憶が強い。

 

しかしある日突然唯一の親友を失った。本当に唐突だった。細かく言えば、突然では無かったかもしれないが。

教室移動で声をかけなかったとか、他の子と話していたとか、そんな小さな事がきっかけだったと思う。

 

 

それからは、私は教室で一人だった。普通に話せる友達もたくさんいた。しかしいざというとき、グループや特定の決まった集団に属せないというのは、小学校の一クラスのような小さなコミュニティでは大問題だった。何をするにも孤独がつきまとう。

グループに所属していなかったので、ぼっちにならないために色々なグループを転々とする。嫌われないために他人の顔色を伺う。孤独よりはマシだからと、好きでもない人間と行動する。たまに鬱陶しがられても、孤独になるまいとしがみついていた。

 

それからなんとなく、その行動指針が染み着いて離れない。孤独が怖い。人から突然拒絶されるのが怖い。蔑まされ、締め出されるのが怖い。

 

 

 

本書では、そういったトラウマを克服出来るような考え方や行動方法が載っている。

ただ、本書によると「その人自身の本当のトラウマは記憶から抹消されているので思い出せない」らしいのだが…。

本当のトラウマに関して思考せずに済むように、嫌な記憶が上書きされている可能性があるという。(私で言えば、思い出される上記のエピソードは偽物のトラウマである)

 

 

本当のトラウマは、2歳までに受けた虐待によるものが多い。

暴力も受けず、愛されて育ってきたからそんなことはないと思っていたが、精神的ネグレクトという可能性があるということに驚く。

世話もするし愛情もあるが、生活面等で親に精神的な余裕が無いまま世話をする。この不安が子供に無意識に伝わる。子供はこの無意識を受け取り、死の恐怖としてトラウマ化する…。

 

 

 

トラウマを克服するために、今まで逃避してきた本当のトラウマと向き合わなくてはいけない。

自分が人の目を気にしたときに、孤独の恐怖があるというのをしっかりと自覚する。その恐怖に浸る。これを繰り返していく。

詳しくは本書内に記されているので、気になったら読んでみることをおすすめする。

 

 

 

このトラウマと向き合う方法を意識して続けて二週間程たった。なんとなく、自分を取り戻せている気がする。

人の目を気にしたときに、ちゃんと恐怖を見つめると、その後余計に人の目を気にすることが少なくなっていく。そして自信が生まれる。自己肯定感が生まれる。

 

 

今まで仕事に忙殺され、疲労と絶望で寝たきりになっていたが、今はちゃんと嫌なものは嫌だと意識できる。

嫌なものを嫌だと思っていいんだ、と、自信がつくと不思議と元気になれる。元気になれる…というか、私はいま仕事に対して怒りが沸いてしょうがない…

 

今まで何かに対して、自分が怒りを感じるなんておこがましいなどと思っていた。人に話すとそんな考え方があるかと馬鹿にされるが、本当にそう思っていたのだ。

何かに怒りを持つことは対象から遠ざかること、遠ざけることに直結し、孤独を恐れていた私はその感情を亡くしていたのだと考える。

 

でもちゃんと嫌なものは嫌だと思えるようになると、嫌なものや理不尽なものに対してしっかりと怒りが沸いてくる。ああ、みんなこうやって怒っていたのか~と感動したりする。

今まで無気力になっていた分が怒りのエネルギーに変わる。怒りの感情は疲れるが、無気力で何も沸き上がってこないよりは生きている実感がある。

 

私は生きているんだ…。嫌なものは嫌でいいのだ。何かに怒ってもいいのだ。