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かっこいいにんげんになりたい

かっこいい人間になりたくて社会でもがき苦しんでる人の雑記です

何のために生きているのか分からなくなってきた

 何のために生きているのかわからなくなってきた。生きることに意味など無いと、それでも何か意味が欲しくて苦しい。

 

 

 学生のころは、とにかく楽しいことをやること。多くの人と出会ってコミュ力の欠如を補強すること。好きなことややりたいことへの投資は惜しみなくすること。…などなど。

今思えばなんと幼稚な志かと溜め息が出るが、それでもたくさんやりたいことがあったのだ。そしてそれはきっと将来の自分の為になると漠然と思っていた。し、なにより毎日が楽しかった。

もちろん、落ち込むことも悲しくなることもあった。でも数日後には前向きになれていた。

 

 

 今はなにも目標が無い。やりたいことはいくつか思い浮かぶ。しかし、それをやって何になるのかと自問自答しては、虚無感に襲われて家に引きこもってしまう。

 

 私は趣味で水彩画やイラストを描く。あわよくば仕事に出来ないかと、画力の底上げを試みた時期があった。その時は、ぼんやりとだが

絵を仕事に食っていくという目標があった。寝る間も惜しんで絵を描いた。

しかし、最近は絵を描いていても、これが何になるのか。仕事になるかも分からないものに時間を費やしてどうするのか。と、そういうことばかり考える。

絵を描く楽しさは自己満足で、一時的な快感に罪悪感を覚える。

 

 

 現職は食品メーカーの開発職だ。開発職といえば理系の花形。就活しながらずっと切望していた職に就けた。この部署に配属されて半年程になる。

配属されるまでの一年は体力勝負のルーチンワーク。単純作業に脳味噌は錆び付き、肉体はボロボロに、昼飯もまともに食えず、帰り道は真顔で涙を流しながら歩いていた。もう会社で扱う製品も嫌いになっていた。ここで楽しそうに働く先輩や上司は頭が狂っているのではないかと思った。そう思わないと、馴染めない自分が酷く惨めでやり切れなかった。

それでも希望の開発職に就くために一生懸命耐えた。積極的にアピールしたし、会社で笑顔を絶やさなかったつもりだ。

 

 そうして今、念願の職に就けたわけだが。少し遅かったのかもしれない。それとも元々希望も無かったのかもしれない。もう何も生きる気力が無い。

まだ配属されたばかりのぺーぺーなので見習い業務しかしていないからかもしれない。仕事は特に楽しくない。やりがいもよく分からない。

でも他人は、念願叶って嬉しいでしょう?楽しいでしょう?と尋ねてくる。嬉しいはずなのだが、楽しいはずなのだが…違和感を覚えながら「はい、楽しいです」と答える。

 

 自分は元々、何か一つのことに燃えることに快感を覚える性質がある。頑張っている自分に、自己陶酔出来るからかもしれない。

希望していた仕事なのだから、思い切り打ち込めば良いと思う。帰宅してからも勉強して、休日は市場をリサーチすればいい。そしたら自己陶酔もできる。やりがいも出来る。

 

 しかし、どうやら世の中的には仕事は仕事で割り切って働くのが当たり前らしい。そして仕事を愛せず製品を愛せない私は今、自分の価値観と世の中の価値観のどちらが正しいのか分からなくなっている。

 

確かに仕事は仕事で割り切って、趣味に力を注いでも良い。しかし今は、上記したように趣味にも本気になれない。

仕事に打ち込もうとすれば、ある一定のラインで拒否反応が出る。この仕事にここまでやるべきなのか、無理に愛して苦しいだけだろう。と。

 

 仕事も趣味もできない。何も生み出せない。パートナーに愛される自信もない。というか休日は、何も考えずに寝ていたいと強く思う。

友人との約束も理由をつけてドタキャンしてしまうことが増えた。遊んでいる瞬間は楽しくても、一人になった途端に虚無感が襲って泣きたくなる。

好きな漫画や音楽も、こんなに素晴らしいものを生み出している人達がいるのに私は一体何が出来るのかと考え、辛くなる。

 

 

 死ぬ勇気は無い。若い年齢で病死した母を看取った時に、自殺は絶対にしないと誓った。そして、死んだら本当に空っぽになってこの世から消えてしまうのを目の当たりにし、とても怖いと思った。

でも最近は、このまま後何十年も虚無感のなかで生きるなら、今ここでこの世を去っても同じなのかもしれないなぁとかぼんやり考えることもある。そこまでいかなくとも、例えば、都合よく三カ月程足が動かなくなって出勤も外出も出来なくなればいいのにとかも考える。そしたらたくさん寝て、もしかしたら何か気力が沸くかもなんて。不謹慎な話である。

 

 

 まとまりのない長文を書いてしまった。

明日からもまた、虚無感のなかでぼんやりと生きていく。でもきっと、人前にでる私は笑顔で楽しそうに笑っている。嫌われるのが、失望されるのが怖いからだ。この虚無感は誰にも知られずに私がぎゅうと抱きしめている。

 

 

流される毎日に抗って、自分から前に(或いは横でも後ろでも良い)歩き出せる日がくればいいな。きっかけを探してもがいていくのだ。

 

 もがけているうちはまだ大丈夫かなとか、少し楽観的な自分もいる。どうにかして、自己陶酔が出来るくらいの自分になりたいものだ。

落ちはないです。おやすみなさい。