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かっこいいにんげんになりたい

かっこいい人間になりたくて社会でもがき苦しんでる人の雑記です

自分の声を聞けよ

自分の声を聞いてあげられるのは自分だけだ。よく聞く言葉だけど、最近は身に染みて感じる。

 

自分の声は、「何がしたい」とか「何をしたくない」とかそういう欲求の声。何が食べたいとか、何を話したいとか。

そしてその本当の声を聞いてあげられるのは自分だけなのだ。欲求を人に話すとしても、そこにはまた「人に何をどのくらい話したい」っていう自分との対話が必要になる。

 

そしてこの声を無視し続けると、自分は自分に話しかけるのをやめてしまう。自分の声が聞こえなくなる。

友人に、「〇〇がしたい」「〇〇しようよ」と話しかけ続けてるのに、そっぽを向いて無視し続けられたら話しかける気力もなくなるだろう。たぶん、それと同じことが自分の中で起きる。

 

自分が自分に話しかけなくなって、自分が何をしたいのかが分からなくなる。

表面上の自分はとりあえず目の前のことをやる。でもそれが自分がしたかったことなのか、したくないことなのか分からない。途方に暮れる。

ここで、助けて欲しくて自分の声を聞こうとする。何も聞こえない。

 

おそらく、自分が本当に食べたかったものを食べる。でも何も感じない。自分の声は「満足した」「美味しい」もなにも言わない。

おそらく、自分がしたかったことを思い切ってやってみる。でもそれが正しいのか分からずに足が竦む。「まだ頑張れる」「やっぱり無理かも」そんな声すら聞こえない。

 

 

私は一年くらい自分の声を無視し続けてきた。最近少し、自分の声が遠い。声が聞こえにくくなっているのに気がついて、怖くなった。

 

本当は何がしたい、どんなことがしたい、何を食べたい、何を見たい、何を伝えたい、何をしてほしい。

少し元気がないけど、まだ私は私に声をかけてくれている。だから今からでも、出来る限り声を聞いて答えてあげないといけないと思う。

 

だから今日の夕飯は思い切ってステーキを食べる。